今月の栞 2014年5月 久元祐子先生 (ピアノ)

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  サン=テグジュペリ 著、 内藤濯 訳
『愛蔵版 星の王子さま』
岩波書店 2000
   私は、雲が流れるのを2時間でも3時間でもぼーっと見ているような子供でした。
 青い空の向こうには何があるのか、星の世界には何があるのか、といつも想像していました。そんな時間をピアノの練習にあてていれば、今頃レパートリーの何十曲かは増えていたと思うのですが・・・。
 次々に本を夢中で読み、その主人公になりきって過ごしました。「家なき子」、「ジャン・バルジャン」、「少公女」「ジェーン・エア」「赤毛のアン」等々。そんな子供への父からのクリスマスプレゼントが「星の王子さま」でした。
 数年前、父が天国に旅立った翌日に、「星の王子さま」を手にしました。以前読んだ本を、年を重ねてあらためて読むと、当時は思いもしなかったことを感じるものです。私たちが演奏している曲にも同じことが言えるのかも知れません。経験が増すことによって、それまでは単なる2つの音符だったものが「溜息」として感じることができたり、1つの和音から、以前は感じることがなかった歓びを感じたりすることができるようになります。
 同時に、子供の頃に感じることができたものを、大人になると感じなくなってしまうこともあります。雲や風が友だちだった子供時代のファンタジーは、モーツァルトやシューベルトを演奏するときに最も大切なものの一つです。「子どもたちは幸福だ」と星の王子さまが言うとおり、子供時代に見えていたものが、大人になると見えなくなってしまいます。その大きな原因は、忙しさです。
 「星の王子さま」の「かんじんなことは、目にみえない。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない」という文字が目に飛び込んできたとき、「“忙しい”という字は心を亡くすと書く」と、父が生前私に言った言葉を思い出しました。
 学生生活を終え、社会に出る、ということは、忙しくなるということです。社会人として様々な人とつきあい、人間関係も複雑になり、様々な役割が求められ、時間がどんどん速く過ぎていきます。忙しさに押しつぶされることは、悲しいことです。「心」を失わず、ファンタジーを忘れずに音楽に向き合う一人の人間であり続けたいと思っています。
  図書館員からひとこと