今月の栞 2014年4月 阪上正巳先生 (音楽療法)

KS00075


  伊藤信吉 著
『詩のふるさと』
新潮社 1966
   私は学生の皆さんにこの小さな本をお薦めしたい。『現代詩の鑑賞』で有名な詩人・評論家による詩の紀行文集である。北は釧路(石川啄木)から南は艸千里浜(三好達治)まで。各地に残る詩人の記憶を訪ね歩き、土地に触発された感興を美しい文章にまとめている。「僕は歩いていた/風のなかを」。信州追分宿−−いまの長野県軽井沢町追分の小径を歩きながら著者は『堀辰雄詩集』のこの断章を追っていた。そして語る。この2行に意味などはない。そんなにもささやかである。それならば、掠めていった風を誰が「思い」としてとらえたか。とらえたのは堀辰雄のそのことばだった、と。
 私はこの文庫本を金沢の医学生時代、寝る前に読むのが好きだった。また旅先にもよく携行した。若き日の感傷もあって「千曲川旅情の歌」(島崎藤村)を呟きながら小諸城址・懐古園の石垣に佇み、中野重治の詩句を胸に「越後のくに親しらず市振の海岸」を通り過ぎた。下宿の近くには室生犀星の育った寺(雨宝院)があった。「ひとすぢに逢いたさの迫りて/酢のごとく烈しきもの/胸ふかく走りすぐるときなり。/雪くると呼ばはるこゑす/はやも白くはなりし屋根の上。」秋が深まり雪おこしの雷鳴が轟くと北陸の白い冬が始まる。湿り気を帯びた季節の切迫のなかで、この詩の鋭い比喩(酢のごとく烈しきもの)に私の身体も反応した。
 皆さんには是非、詩を読み旅に出てほしいと思う。現在のグローバル化した社会のなかで、周囲は日々流される情報に溢れかえっている。しかもその情報はまったく当てにならない。嘘だらけといってもいい。機械化され電子化された世の中。こういう状況にどう対処すればよいか。私は、感覚を研ぎ澄ませることしかないのではないかと思う。体を使って歩きながら、動きながら感覚をフル稼働させる。すると毎日が、そのときどきが新しく蘇ってくるはずである。若い皆さんには本来そうした感受性が備わっている。その感受性、身体感覚をさらに磨くためにも詩集を片手に狭い部屋から歩み出てほしい。この本は小さいけれどその門出にふさわしい遍歴の記録である。
  図書館員からひとこと