今月の栞 2013年12月 川島素晴先生 (作曲・音楽理論)

KS00069


  バーニー・クラウス [著] ; 伊達淳 訳
『野生のオーケストラが聴こえる
  : サウンドスケープ生態学と音楽の起源』
みすず書房 2013
      国立音楽大学創作科目会が毎年企画する、20世紀音楽と新作による演奏会がある。そこで2012年に上演したジョン・ケージの《Branches》は、各自、任意に10種類の植物を選び、そこから音を発する作品である。この作品を上演するとき、そして植物を事前に準備するに際し、我々は、自然が奏でる音を注意深く観察する必要に迫られる。ケージというと《4分33秒》ばかりが取沙汰されるが、このような作品の体験は、ケージの、自然に向けた深い眼差しを実践的に感じることとなり、世界の見方(=聴き方)を変える契機となる。優れた芸術には、人生を変える力が具わっている。
   そうした実感を強めている折、この本に出会った。推薦したい本、絶対に読んで欲しい本等、沢山ある中で一つに絞るのは難しいと思案していたが、読みたてのこの本には、逡巡を一蹴するインパクトがあった。
   ミュージシャンとしてキャリアを始めたバーニー・クラウスは、映画の音響やアルバムに収録する環境音を録音する作業がきっかけで音響生態学に転じ、以来40年以上で4500時間を超える世界中の音を録音。300ページ近い本のどの部分にも、世界各国での興味深い体験談と含蓄に富んだエピソードが綴られ、全く飽きることがない。録音や音響に関する様々な専門的経験と知見が披瀝されているが(だから本学コンピュータ音楽専修の学生には必読と言いたい)、ウェブサイトに65種類もの音源が無料公開されていて、そのような専門的内容も実際の音源の助けを借りてすんなり読み進められる。
   冒頭、太古の地球が奏でていた音響が見事な想像力とともに活写される。これでもう、著者術中にはまり、地球のシンフォニーの美しさに魅了される。
   乾燥している響かない土地の中で、ヒヒが反響のベストポイントを探りあて鳴き声を轟かせている音源を聞くと、自然に耳を澄ますことを忘れなければ、自ずと「自分の音を届かせる」方法を見出せるのだと知る。(ここは演奏系学生には必ず読んで、そして「聴いて」頂きたい。)
   ネズパース族の長老に風とともに鳴る不思議な音を聞かされ、それが折れた葦の群れによる合奏であることを知らされた後、長老が葦の一本で笛を作りメロディを奏で「わたしたちの音楽がどこから来たのか、これでおわかりでしょう」と諭す。人間の所業なぞ小さなものである。音楽は、既に自然の中に存在しているのだ。(この部分、作曲学生必読必修。)
   本書はやがて、人類が地球を蝕み、ノイズに満たしていく様子を淡々と描き出していく。これを読んで再び日常に戻るなら、身の回りの響きに愕然とするはずである。観察力を持ってすれば、元来美しい音を奏でていた「楽器」である地球を、響かない人工物で覆い尽くしてしまった人類の浅はかさを、誰しも嘆くことになる。それでも良いのだと思う人は、少なくとも、音楽家としての耳を具えているとは言い難い。
   あらゆる音楽家、いや、地球上の全ての人類に、この書を推薦したい。

  図書館員からひとこと