今月の栞 2013年12月 井上郷子先生 (器楽表現(ピアノ))

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  ミルチャ・エリアーデ 著
『妖精たちの夜』(1・2巻)
作品社 1996
     物語の冒頭、主人公のシュテファン・ヴァジルは、森で出会った女性イリアナに語りかける。
・・・今夜、ちょうど真夜中に、空が開くという話があるのです。どうじて開いたりするのか、私にはよく理解できないけれど、でも、そう言います。スンジエーネの夜に空が開く、と。でも、おそらく、空の眺め方を知っている人にだけ開くのですよ・・・

   ルーマニアの伝説によれば、スンジエーネ(=妖精たち)の夜、すなわち夏至の夜、空が開き、生者と死者が出会い、あらゆる境界が取り払われる。目に見える世界と見えない世界。横断し解放される時間。時間と空間はどこかでつながっている・・・。
   この物語に語られる“時”は1936年の夏至のスンジエーネの夜から1948年のスンジエーネの夜までの12年間、“場所”はブカレストからロンドン、リスボン、ロシア戦線、ローザンヌ、パリとヨーロッパ各地に亘る。物語では、登場人物たちのそれぞれの時のそれぞれの場所での出来事とともに、彼らの運命が伏線を描きながら複雑に交錯する。
   この短い稿ではとても書ききれないが、さまざまなシンボルとイメージがちりばめられたこの物語は、まさに“スンジエーネの夜”だ。作者ミルチャ・エリアーデは言う。超越的なものは日常の現実の中に仮装して現れると。聖が俗に、超自然が幻想に、霊的なものが普通のもののなかに。世界は意味があり、読み解かれるべきものであり、そのためのシンボルに満ちている、と。
   宗教史学者であり作家(彼は自らの学者生活を“昼の精神の営為”、作家生活を“夜の精神の営為”と呼んでいた。)であったエリアーデ(1907-1986)はルーマニアの人。ヘブライ語、ペルシア語、サンスクリット語を含む8つの言語に堪能だったという。20代の初めの数年間をインドで学びブカレストに戻るが、第2次世界大戦後は故国に帰らずパリやシカゴに住んだ。『永遠回帰の神話:祖型と反復』『エリアーデ回想』などは邦訳で読むことができる。とてもとても美しい幻想的な物語がいくつかあるが、邦訳はほとんどが絶版になってしまった。

  図書館員からひとこと