今月の栞 2013年7月 近藤伸子先生 (ピアノ)

KS00061


  バレンボイム, サイード [述] ; アラ・グゼリミアン 編
『音楽と社会』
みすず書房 2004
      当代きっての名指揮者、ピアニストであるバレンボイムと、『オリエンタリズム』などで知られる文学研究者、思想家のサイードによる刺激的な対談集。ワーグナー、ベートーヴェン、フルトヴェングラー、ゲーテ、アドルノについて、またアイデンティティの問題や、演奏解釈に関してなど、多彩な話題を取り上げ、縦横無尽に語り尽くす。ユダヤ人とパレスチナ人である二人が、立場の違いを超えて様々な政治的な問題について率直に語り合うこの本は、このところ近隣諸国と摩擦の多い現代日本の私たちにとっても示唆に富んだ発言に満ちている。この二人の十年あまりにわたる創造的なコラボレーションは有名で、なかでも、1999年にワイマールで開始されたアラブ人とイスラエル人の音楽家によるワークショップは、非常に実りの多いものであった。とは言え、この本の中心テーマはやはり圧倒的に音楽についてであり、「芸術は無難さの対極にあるもの」、「楽譜への忠実さの問題は存在しない」、「オーセンティック(歴史的に正しい)な演奏に意味はあるのか」、「音楽は錯覚を作り出すこと」、「光に到達するために暗闇をくぐる勇気が必要」など、真摯でまっとうな、そして時に挑発的な、あるいは目から鱗の発言が満載。この中に、人生および音楽上の貴重なヒントやアドヴァイスを見いだすことができるだろう。全体として、バレンボイム自身の演奏を彷彿とさせるような、振幅の大きい、エネルギッシュで生き生きとした対談となっている。興味のある方は、是非この二人の他の著作や、ここに登場する様々な文学作品、哲学書、音楽作品にも目をむけ、視野を広げていって欲しい。

  図書館員からひとこと