今月の栞 2013年2月 秋葉京子先生 (声楽)

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  チャールズ・ディケンズ 作
『クリスマス・キャロル』
岩波書店 2009
     私が小学校2年の時、兄がNHKのラジオ、松本亨の英語講座を聴いていた。その番組の後、ラジオからは澄んだドイツ語の声で「野薔薇」の美しい調べと伴にドイツ語講座が始まる。私はその歌を聴くのが楽しみであった。
   その頃の私は、ルーシー・モード・モンゴメリーの『赤毛のアン』を読んでいた。アンが巻き起こす面白い事件と周囲の人々の暖かな人情、そして初恋。少女の胸をときめかし、少女らしい感性を育ててくれた。
   そんな時、アウシュビッツの本に出会った。そのあまりにも残酷な写真と内容は私を驚愕させた。あの美しい野薔薇の曲を作ったドイツ人が、こんなに残酷なことができるのだろうか? 私はドイツに行って確かめてみたいと思った。小学2年で初めて人間が美しさと残酷さの二面性を持っていることを知ったのだった。
   その年、ディケンズの『クリスマス・キャロル』を読んだ。これはまさしく人間の二面性を語る作品だった。人間の心の複雑さ、どちらにも傾くことができ、その選択は自分自身にあるのだと理解した。
   その後、中学2年で歌を習いはじめ、高校2年生の時、毎日学生音楽コンクールで優勝した。「野薔薇」で聴き慣れたドイツ語は、私にとっては難しいとは感じず、ドイツ語で歌うことはごく自然に感じられた。東京藝術大学・大学院終了後、ドイツに5年間学び、引き続き17年間、ドイツのオペラ劇場で歌ってきた私の原点は、小学校2年にあったのだ。あの時、私の人生が決まったのだと思う。
   「野薔薇」が、歌の素晴らしさを教えてくれ、「アン」が感性を育ててくれ、「アウシュビッツ」と「クリスマス・キャロル」のスクルージュが、人間とはどうあるべきなのかの疑問を投げかけてくれた。
   それに導かれ、私は歌で自分の世界を語ってきたのかもしれない。

  図書館員からひとこと