今月の栞 2013年2月 北爪道夫先生 (作曲・音楽理論)

KS00053


  木下順二 文 ; 瀬川康男 絵
『絵巻平家物語』(1〜9巻)
ほるぷ出版 1984
  「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
 娑羅双樹の花の色 盛者必衰のことはりをあらわす」

   『平家物語』の冒頭の、この有名な一節を聞いたことがないという人はいないだろう。だが、と本書の第一巻『忠盛』の後書きで木下順二は述べる。

「この一節があんまり有名なものだから、十巻以上もある『平家物語』のぜんたいを、そういうもの――人間のはかなさをただうたいあげたもの――だと、『平家物語』をよまないで思いこんでいる人が、あんがい多いのではないか。」

   私自身、この言葉にははっとするところがあった。『平家物語』は、近代小説のように緻密に組み立てられたひとつのストーリーというよりは、小さなエピソードや場面の集合体という感じが近い。冒頭の一節が通奏低音のように反響しているのは確かだが、エピソードや場面には当然、それぞれの内容や魅力があるわけで、そのすべてが冒頭の一節に還元できるはずもない。作品の伝統やスケールに身構えて性急な解釈に走る前に、物語の断片それぞれとじっくり向き合いなさい、と言われているような気がしたのだ。

   これは「絵巻」平家物語である。膨大なエピソードを網羅することも、原典を忠実に圧縮することも、おそらくは意図していない。乱世を「全力をつくして生きた」登場人物たちから、「読み手」の劇作家、木下順二が九人を厳選し、一人ひとりにスポットを当てていく。舞台の上で物語のモチーフを組み立て、キャラクターを作り出す劇作家の熟練の技を通して、主役クラスから名脇役まで、九人の人物が絵巻物の上で鮮やかに立ち上がる。

   むかし、盲目の琵琶法師の語る『平曲』に耳を傾けていた人々も、おそらくはこんなふうに、感情の濃淡を伴う語り手の生の声を通じて、一つひとつのエピソードを味わっていたのではないだろうか。この「絵巻」から垣間見えるのは、ともすると平板な情報収集になりがちな現代人の読書とは一線を画した、濃密な物語体験である。「『平家物語』の話をしよう。」と、まるでおとぎ話のようにゆったりと幕を開けるこの絵巻物語の世界を、ぜひ一度ゆっくりと味わってみてほしい。

  図書館員からひとこと