今月の栞 2011年10月 井上恵理先生 (リトミック)

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  三木成夫著
『胎児の世界 : 人類の生命記憶』
中央公論社 1983
     この本との出会いは大学生時代である。著者の三木先生は大学の保健センターの所長であり、保健理論の講義を担当されていた。もう20年以上も前の話になるが、今でも、あの時の先生の声や姿、見せていただいたスライドの映像を思い出す。受胎32日から38日までのヒト胎児の顔面スケッチを提示され、そこに、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類のおもかげがあると話された。衝撃だった。解剖学者である先生が、当時、ご自分の研究と並行しながら学生に講義をしていた時代だけに、先生の声には現実と感情がこもり、私たちは魅きこまれた。その頃に本書をまとめられ、テキストとして購入した本書が、私の宝物の中の一つとなっている。
   本とは不思議なものである。片手にのる200グラムに満たない手帳サイズの新書版の中に、無限ともいえるに多大な時間、空間、事実、思考、感情が存在している。人間のからだとこころに刻まれた生物進化の歴史、宗族発生と個体発生を比較して、生物のからだに内在する二重の時間系列を、図や写真で論じた発生学の話は、正倉院御物、伊勢神宮の遷宮、椰子の実の歌にも広がり、哲学書としても読める。同著者の「内臓のはたらきと子どものこころ」(築地書館)も紹介しておく。
   私たちはみな胎児であった。私たち自身のからだのなかに内在する「もう一つの時間」はあるのだろうと、この本を読み返すたびに思う。


  図書館員からひとこと