今月の栞 2011年9月 藤本一子先生 (音楽学)

KS00023

  リルケ著、 高安国世訳
『若き詩人への手紙・若き女性への手紙』
新潮社 1953
     「ライナー・マリア・リルケは近代文学の空を不思議な力をもって飛びめぐる詩の鳥である。その声は清らかで透明であるが、その声が、聴く者の心に起こす余韻は複雑な現代的な明暗に充ちている。」こう記したのは片山敏彦でした。オーストリアの詩人リルケ(1875-1926)は苦悩の体験を慈しみに変容させる「静けさの詩人」で、その中心主題は愛と死と神の問題でした。ご紹介する本はリルケの手紙です。ある若い詩人に宛てた十通と、音楽の素養もある若い女性に宛てた九通を一冊にまとめたもの。
 私がこの本に出会ったのは大学生の頃でした。当時は、「若い詩人への手紙」はまだしも、「若い女性への手紙」は実感から遠く、難解でした。しかし時のめぐりにあって「女性」とは何かを考え、読み触れるにつれ、むしろここから強靭な力がたちのぼってくるのを感じるようになりました。
 「若い詩人への手紙」は詩作に悩み助言を求める青年に向けて書かれています。リルケは言います。「計量したり数えたりせず、樹液の流れを無理に追い立てることなく、春の嵐に悠々と立って、そのあとに夏がくるかどうかなどという危惧をいただくことのない樹木のように成熟すること。結局夏はくるのです。だが・・・辛抱強い者にのみくるのです。」そして未完の人生を愛し、孤独をみつめるよう励まします。
 「若い女性への手紙」は、ピアノを教えながら一人で子供を育てなくてはならなくなった、人生の危機を体験している女性に向けたもの。リルケは女性という存在について崇敬の念さえもって語りかけています。女性は「自然」のようにすべてを内包し、完全な切実さの中央に一人で生きている。だが危険にさらされた危うい存在でもある。だから「耐えきれぬ深さ」に向き合ってほしい、孤独こそ私たちの内面を促すのであるからと。
 これらの手紙は生きるとは何かを考えるリルケの自己対話にほかなりません。音楽を志しながら、はたして自分の前途は開けていくのだろうかと悩む人は少なくないでしょう。そして困難な現代社会にこのようなリルケの言葉は通用しないと考える人もいるかも知れません。しかしそうではないと信じます。リルケの言葉は時空間をこえて星の輝きとなり、孤独に耐えられない時間に深い慰めと勇気を与えてくれる、そのように思うのです。一言一言は重いけれど、その言葉が友となるとき、“私”のなかで何かが動くような気がします。


  図書館員からひとこと