今月の栞 2011年7月 江澤聖子先生 (ピアノ)

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  ダニエル・バレンボイム著
『バレンボイム音楽論 : 対話と共存のフーガ』
アルテスパブリッシング 2008
     1992年、バレンボイムはベルリン州立歌劇場の音楽監督に就任し、旧東ベルリンの伝統あるこの歌劇場と共に輝かしい時代を築き上げて現在に至っている。ベルリンには3つの歌劇場(ドイツ歌劇場、コーミッシェ・オーパー、ベルリン州立歌劇場)があるが、やはり1992年にベルリン留学生活を開始した私も週に何度もこれらの歌劇場に通い、同演目での様々な演出を見比べながら、素晴らしい歌手達の歌声を聴いて楽しむことができた。アッバード率いるベルリンフィルの演奏会にも度々通い、数多くの超一流の演奏を吸収できたこの数年間は実に贅沢な時間であった。ピアニストとしてのバレンボイムには昔から親しんできたが、ベルリンで指揮者としての精力的な活動を目の当たりにして、その溢れるエネルギーと天才的な采配ぶりに新たな驚きを覚えた。本書において彼は、自身の思索や省察に影響を与えた著書、音楽を挙げながら、音と静寂の関係、有限の時間を持つ音をどう聴くか、感性と思考、音楽において人生をも学べる、等多くの貴重な示唆と助言を我々に与えている。本書のハイライトは、ロシア系ユダヤ人である両親を持つ彼が、長く複雑な歴史を持つイスラエルとパレスティナ、アラブ諸国の関係に心を砕き、これらの国々の若者達で構成されるオーケストラを作り、他者の自由と個としての存在を受容し理解しあうこと、音楽が物事の本質を深く掘り下げながら自分自身を存在の源へと結びつける助けとなり、深い考察と理解を促すプロセスとなるよう試みたいきさつが書かれている部分である。自ら演奏するだけでなく、発言し行動に移すその勇気と行動力には感嘆するばかりである。一人の音楽家、教育に携わる者として彼のグローバルな考え方に共感し、また多くの若い学生達にも是非お薦めしたい。
  図書館員からひとこと