今月の栞 2011年4月 加藤一郎先生 (ピアノ)

KS00016

  小沢征爾著
『ボクの音楽武者修行』
新潮社 1980
   今月の栞を依頼された時、先ず、私の脳裏をよぎったのは『カザルスとの対話』やブレンデルの『音楽のなかの言葉』のような大音楽家の本でした。しかし、私は今回、小澤征爾氏の『ボクの音楽武者修行』を選びました。小澤征爾氏といえば、今、体の続く限り、執念のように棒を振り続ける、日本の誇る世界的指揮者です。この本は、彼が桐朋学園短大を卒業してすぐに、日本を旅立ち、フランスのブザンソン指揮者コンクールで優勝して、音楽界に鮮烈なデビューを果たすまでの、言わば成功体験の物語です。しかし、彼が日本を発った1959年頃の日本はまだ貧しく、小澤家も満州国建国の夢絶たれて日本に引き揚げた一家でした。そこで、彼は富士重工から1台のスクーターをヨーロッパでの宣伝名目に借り、貨物船に乗り込みました。そして、2カ月かけてマルセイユに着き、そこから彼のヨーロッパでの音楽活動が始まったのです。私がこの本を皆さんにお薦めした理由は、若い人が覇気と行動力を持って、若干の危険は覚悟の上で広い社会に出、大きな視野を身につけて、その後の人生の糧にすることが如何に大切であるかを知って頂きたかったためです。この本は、指揮テクニックにおける脱力の問題も触れられているし、彼独特な「共生感」という言葉もしばしば出てきますが、何と言っても、この偉大な指揮者が、若い時から、人に対する思いやりや優しさに溢れた人柄であったことを示す瑞々しい良書です。

  図書館員からひとこと