今月の栞 2011年3月 庄野進先生 (学長/コンピュータ音楽・音楽学)

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  ロジェ・マルタン・デュ・ガール著
『チボー家の人々』
白水社 1984
   幼少期病弱だった私にとって、慰めは音楽と読書でした。小学校5年から6年にかけて読んだこの本は、昨年1月に亡くなった母のもので、戦後まもなく出版されたため、紙質も粗悪で伏せ字もある11巻本でした。最初の「灰色のノート」は、当時自我形成期にあって家父長制に反撥していた私にとって、共感するところ大でしたが、また、宗派の違いが個人同士の関係に影を落とすフランス社会の矛盾や、社会的不公平、不公正に対する主人公の一人ジャックの怒りに大いに共鳴したものです。時は60年安保、既に大学生だった兄達が(デモに参加したのでしょう)靴を泥だらけにして帰ってきたことなどが重なり、この本を通して社会運動への関心を惹き起こされたことを記憶しています。兄達が家に持ち込むものは、すぐにサルトルやボーヴォワールとなりましたが、この本の最後の方で、反戦ビラを飛行機から撒こうとして墜落死するジャックの最期を読んで、人間とは思想に死を賭す存在だということに大きな衝撃を受けました。同じ頃、華厳の滝で思想ゆえに自死した一高生、藤村操の「巌頭之感」のことを知り、兄達に話したところ、(危ないと思ったのでしょうか)さんざんからかわれた記憶もあります。ともあれ、後に哲学(思想)と芸術(音楽)とが交差する「美学」という領域を専攻することになる、一つの契機がこの本であったように思えるのです。

 
  図書館員からひとこと