音楽研究 27 (2015) 請求記号 = [PB102D 27]

著作者 白石 美雪 ( SHIRAISHI Miyuki )
タイトル 1970年代の3大新聞にみるジョン・ケージ : 記事目録と分析
( Reports of John Cage in the Three Major Japanese Newspapers in the 1970s : The List of Articles and Their Analysis )
ページ 1-16
本文の言語 日本語
抄録  本論文は1970年代の日本における「ケージ現象」の解明のために、『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』に掲載された署名・無署名の記者・評論家による記事の目録を提示することを目的とする。新聞記事という言説空間における「ケージ現象」、すなわち、彼の楽曲と著作そのものを超えて、演奏者や聴衆を巻き込んで構成された音と文字の世界を詳らかにするための基礎作業となる。これら3大新聞は現在、インターネットを通じたデータベースとして記事検索のシステムが公開されているものの、こうしたデータ検索では、今回の目録にあげた多くの記事が検索対象とされないことが明らかになった。日本のケージ関連の新聞記事を調査した先行研究には上野正章氏の諸論文があるが、1960年代後半以降は網羅的な調査の対象とはされていない。本目録は1970年1月1日から1979年12月31日までに発行された3大新聞について、縮刷版に収録された東京版の朝刊・夕刊から、ジョン・ケージの名前が本文に含まれる記事すべてを列挙している。その結果、目録には74点の新聞記事をあげることができた。
  一般の雑誌や学術誌では、1970年代からケージ自らが書いた文章の翻訳やケージの評伝、美学的な研究論文の掲載が始まっている。しかし、著作集『音楽の零度;ジョン・ケージの世界』や対談集『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』の日本語版など関連書籍の出版が本格化したのは80年代になってからである。しかも70年代、ケージの来日はカニングハム舞踊団に同行した1976年の1回のみであったが、80年代には5回、日本を訪れている。したがって、70年代は日本のケージ受容にとって過渡的な10年だったと考えられる。
  こうした流れを踏まえつつ、作成された目録の内容について若干の分析を試みた。全体を通して注目されるのは、1960年代のようにケージの美学や作曲技法に字数を割いて説明している記事が極めて少ないことである。ケージの音楽について何らかの批評的言及がある記事は3点に限られていた。その一方、ケージの名前のみ、あるいはケージの「偶然性の音楽」とかケージの「図形楽譜」という言葉で短く言及するだけの記事が大半を占める。ケージについてはもはや説明するまでもなく、読者はすでに知っているという前提で書かれている。とくに注目されるのは、戦後の現代音楽の、とりわけ日本における歴史を振り返る文章にケージの名前がよく出てくることだ。ケージの音楽と思想は、すでに日本の作曲界に大きな影響を与えたものと位置づけられているのである。また、70年代には初期の作品がよく演奏されているものの、偶然性・不確定性の作品は3大紙の演奏批評では取り上げられず、60年代に比べてケージの新しい作品への注目度が低くなったことも確認された。東洋をめぐる言説に触れている記事も60年代より減り、わずか3点のみだった。