音楽研究 22 (2010)  請求記号 = [PB102D 22]

著作者 水谷 彰良( Mizutani Akira )
タイトル 『イタリアのソルフェージュ』初版(パリ1772年)と初期の異版
( The First Edition of Solfeges d'Italie (Paris,1772) and Early Variant Editions )
ページ 59-74
本文の言語 日本語
抄録  ソルフェッジョsolfeggioと呼ばれる歌唱練習曲は、17世紀末〜18世紀初頭のイタリア(とりわけナポリの音楽院教育)において確立をみたが、教師が個々の弟子のために作曲して与える教材のため、未出版のまま長く埋もれていた。その意義がフランスで認知され、イタリア語のsolfeggoに由来するsolfègeがフランス語の語彙として初めて登場したのは1769年であった。その3年後の1772年にパリで出版されたのが、世界初の系統的ソルフェッジョ集『イタリアのソルフェージュSolfèges d’Italie』である。編者ルヴェスクとベシュはルイ15世時代のフランス王室聖歌隊の歌唱指導者で、pages de la musiqueと呼ばれる少年聖歌隊員の教材として、これを編纂出版した。
 『イタリアのソルフェージュ』は前記二人の編者が、レーオ、ドゥランテ、ポルポラ、スカルラッティ、ハッセなどナポリ派の重要作曲家・声楽教師のソルフェッジョを蒐集し、これを教育目的に則して分類配列し、低音部に和声を表す数字を付して刊行したもので、母音歌唱による歌の学習システムを初めてフランスに導入したという点でも画期的意義を備えていた。同書はパリ音楽院において1822年まで教材として推奨され、10種を超える異版も世に出たが、その真価は19世紀半ばに忘れられ、現在も研究対象とされず、再出版も行われていない。
 本稿は研究的視点から『イタリアのソルフェージュ』の初版(1772年)に遡り、その構成と内容を明らかにするとともに、第二版(1778年)との比較を通じて第二版が初版の単なる再刷ではなく、構成の変更、楽曲の追加と差し替えを施し、新たな彫版者が285頁分の原版を作成したことを確認した。筆者が独自に作成し、典拠と注釈付きで付録とした14種(異版を含め18点)の刊本リストも、『イタリアのソルフェージュ』が高く評価され、広く流布したことの証となる。同書は卓越したカストラート歌手を輩出したイタリアのソルフェッジョ教育の最重要資料(楽譜素材)であり、その存在と意義を再確認することは、19世紀初頭に活性化する組織的な音楽院教育の方法論と歌唱教材の変遷を理解する上でも不可欠である。